『甘い眩暈』を最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回の物語では、
「甘いものを食べると、約二十分の記憶が消える」
という奇妙な現象から物語を始めました。
チョコレートを食べたあと、時計を見ると二十分ほど進んでいる。
キャンディーを口にすると、いつの間にか別の場所にいる。
さらに録画を確認すると、その間の自分は普通に行動している。
本当に記憶が消えているのか。
甘いものに何か原因があるのか。
それとも、自分の知らない自分がいるのか。
そんな疑問を追いかける物語です。
しかし、実際に消えていた時間はありませんでした。
圭介が疑うべきだったのは記憶ではなく、**「最初に見た時刻」**でした。
そして、甘いものにも記憶を消す力はありません。
チョコレートやキャンディーは、美咲との記憶につながるもの。
眩暈もまた、その記憶に触れかけたときに起こる圭介自身の反応でした。
圭介は忘れられない記憶から目を逸らすために、「消えた時間」という別の謎を自分自身へ与えていました。
けれど、その仕掛けには矛盾や手掛かりも残されていました。
いつか自分自身で真相へ辿り着くために。
この物語で描きたかったのは、「忘れること」と「思い出さないこと」は同じなのかということです。
記憶そのものがなくならなくても、私たちは思い出さないようにすることがあります。
見ない。
考えない。
別のことに意識を向ける。
そうしているうちに、自分でも「もう忘れた」と思ってしまう。
けれど、何気ない味や香り、音、場所をきっかけに、昔の記憶が突然戻ってくることがあります。
圭介にとって、それが「甘さ」でした。
物語の最後で、圭介はもう一度チョコレートを食べます。
美咲を忘れたわけではありません。
思い出しても、もう時間を狂わせる必要がなくなっただけです。
甘いものは、忘れるための合図から、思い出しても大丈夫だと確かめるものへ変わった。
そんな小さな変化を、この物語の結末にしました。
タイトルの『甘い眩暈』には、チョコレートの甘さと、記憶に触れたときの揺らぎ、その二つの意味を込めています。
あなたにも、味や香りだけで突然思い出す記憶はあるでしょうか。
その記憶は、本当に消えていたのでしょうか。
それとも――
ただ、思い出していなかっただけなのでしょうか。

